2013年04月13日

私は「人間」だから!!!

日本社会の悪習として世界に名高い「サービス残業」に関して、強く思っていることがある。これから書く内容は、いままでの記事とまったくカラーが違う思想色の強いものになるが、じつは、つい最近実際にある会社から「サービス残業」を強要されるという経験をした。そのときに強烈な嫌悪感を持って反発したことが、この記事を書こうと思ったきっかけになっている。
― 自由?

そうです。
それは、よりよき行いをする自由。
よりよきものになろうとする自由です。

精霊さまは完全なるよきものとして人間を作らずに、毎日少しずつ頑張るという自由を与えてくださいました。

それが、「歓び」だから。

だから、楽するために、手放したりしないで下さい。
精霊さまの下さった贈り物は、たとえ王でも、たとえ教会であっても、侵すことのできない神聖な宝物なのです。

―異端め!その口を閉じろ!

閉じません!

私は、人間です!

もう私は、その宝物を捨てたりしない!
もう「虫」には戻らない!!

たとえ、その宝を持つのが、つらく、苦しくても、あの昏い微睡みには戻らない!

光が在るから!
やさしくしてもらえたから。

―この異端の売女めに、石を投げろ!何をしているのだ!?石を投げない者は、すべて背教者だ!!

投げようと思うなら投げなさい...っ!!
この狭く、冷たい世界の中で、家族を守り、自分を守るために、石を投げることが必要なこともあるでしょう。

私は、それを責めたりしない!

その判断の自由も、また、人間のもの。
その人の心が流す血と同じだけの血を、私は、この身を以って流しましょう。

しかし。

「他人に言われたから」
「命令されたから」
という理由で、石を投げるというのなら。

その人は「虫」です!!

自分の意思を持たない、精霊さまに与えられた大切な贈り物を他人に譲り渡して、考えることをやめた「虫」です!
それが、どんなに安らげる道であっても、宝物を譲り渡した人間は「虫」になるのです!

私は、「虫」を軽蔑します。
わたしは、「虫」にはならない...っ!

わたしは、私は、人間だから!!!

いきなり長い引用を挿入してしまったが、これは、ニコニコ動画で配信していたアニメ『まおゆう魔王勇者』の第9話の中で、魔王に変身した元農奴のメイド姉が、教会から異端者として捕縛される場面で民衆に向かって言い放った演説の一節(下の動画がその抜粋シーン)。サービス残業を強要されるという経験をしながら、この演説のシーンを思い起こしていた。

「大多数の社員がサービス残業をしているんだから、君もやるべきだ」会社が社員にサービス残業を要求してくる場面では、これがもっとも良く使われる理由だったりする。残業をしないとこなせない程の仕事量を社員に与えている会社側の体制や強要行為の善悪を先に論じるべきであって(論じるまでもなく、これらは悪だが)、この論法は、価値判断の基準を社員の労働時間の平等性というものに見事にすり替えてしまう。「多くの人が我慢して従っているんだから、お前も従え」というこの論法は、日本社会の中では職場や学校など多くの場面で登場するが、私はこれが大っ嫌いだ。伽藍空間での慣習や負担の平等性などを理由にして、その物事自体の善悪の判断を放棄した論法だからだ。サービス残業は「悪い慣習」などという生やさしいものではなく、人間性を否定する程の社会悪だと私は思っている(話が大きくそれるが、歴史書を読むと、民衆の批判をかわすために体制側が民衆内の身分やグループ間の対立を煽るという行為は、国家体制の終焉が迫りつつある時代の末期に頻繁に出現する。日本ではいまこの対立の構図を社会のあちらこちらで目にする。大げさな物言いかもしれないが、日本の国家体制が100年後もいまの形のまま残っているかという点について、私が疑問を感じている理由の一つのがこれだったりする)

労働基準法第37条第1項で定められている時間外労働分の割増賃金を支払うという要件が欠けているので、サービス残業は明確な違法であるが、信州のような地方ではいまだに「社員は会社の支持や命令に服従する義務がある」いう考え方が残っており、この誤った考えを企業の経営者だけでなく労働者側まで持っていたりする。

会社に逆らいたくないとか目立ちたくないとかいう理由でサービス残業を受け入れている労働者を私は軽蔑する。その人は自ら「虫(=奴隷)」になることを選択しているからだ。そして、人間を「虫」扱いしている企業とその経営者をもっと軽蔑する(経営理念の中に「社会への貢献」を入れている企業が多いが、その中では、サービス残業の強要という反社会的行為が平気で行われていたりする)。

西洋社会では、社員にサービス残業をさせた企業は国民からものすごい批判を浴びる。「人間の自由」という概念は西洋の国々では民衆が血を流し戦って勝ち取ったものであり、社員にサービス残業をさせた企業はこの概念を否定する存在と見なされるからだ。一方、東洋の国々ではこの概念は西洋からもたらされたものであって、民衆が自ら勝ち取ったものではない。左記は思想分野では良く言われる説だが、日本を含む東洋の国々で「人間の自由」という概念があまり重視されず、サービス残業のような人間を奴隷扱いする悪習が社会から強い批判を受けないのは、こういう歴史的な経緯があるからなんだろうか。都会ではかなり少なくなっているが、地方では「サービス残業は当たり前の事」だと考えている企業経営者や労働者がいまだに多かったりする。最近では地方でもかなり減ってきつつあるが、信州のような地方で仕事をしていると、この事実にときどき直面することがある。

プラベートで嫌なことが続いた所為で信州に対する嫌悪感が強くなってきているが、サービス残業を強要されるという経験をして、さらに信州が嫌いになりつつある。こんな時代遅れの古る臭い価値観が根強く残っている所で、時代の先端をいくフロンティアITの仕事をするのは無理なんだと、いまさらながら気づかされてしまった。次の一手をどう打つべきか、最近は色々と考えを巡らしながら日々を過ごしている。

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2013年02月13日

大雪の松本平−冬の終わりの兆し

このブログを開設してから一度もローカルな話題の記事を書いていないことに端と気がついた。あんまり書ける話題もないというのが理由で、別段避けていた訳じゃないんだが・・・。他の記事とカラーが違うが、まぁ、たまには中身のない緩い記事も良いじゃないかな。息抜きのつもりで、初めてローカルな記事を書くてみるか。

まずはお決まりの天候の話題からだが、昨日の夜から今朝にかけて中信地域では大雪が降った。積雪深は松本16cm、諏訪19cmだそうだ。私がいま仕事をしている塩尻でも諏訪と同程度の積雪量になった。ただし、朝には雪はすっかり止んで、いまはからりと晴れ渡っている。そして、今日の最高気温は6℃位まで上がるらしい。これは例年より2〜3度高い。今シーズンの冬は何だかメリハリがあるというか、雪が降った後の2〜3日は必ず晴天が続いて、気温がぐっと上がる。それで、積もった雪もすぐに溶けてしまう。
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ここ4年ほど塩尻を仕事の拠点にしているが、松本平の中心に位置する松本よりも塩尻の方が雪の量が多い気がする。塩尻に移る前は松本を拠点にしていたが、松本の市街地は塩尻より雪の量は少なかった。松本平は狭い盆地なのにこういう差があるのは、近くに高い山が在るかどうかが影響しているからじゃないかと思っている。塩尻と岡谷・諏訪の間には標高1000m前後の塩嶺高原というのが在り、また東側には標高1665mの高ボッチ山が位置している。これらの影響で塩尻は松本より雪の量が多いのだろう。

話がそれるが、ついでに近況報告も書いておこう。去年の9月から今年の1月末まで東京でやっていた仕事が終わったので、2/5に仕事の拠点にしている塩尻に戻ってきた。途中で何回か1〜2ヶ月の中断を挿んでいるが、2010年12月からずっと東京での仕事が続いていた。一昨年と昨年は東京で冬を越したので、信州の冬は2年ぶりだ。こちらの冬はまだまだ続くが、これから少しずつ春を感じさせる風景も観え始める。大雪はその兆しだったりする。3月に入ると気温が上がるので(と言っても、5〜10℃位だが)実質的にはあと1ヶ月の辛抱だ。ただし、信州の春の特徴だけど、3〜4月の2ヶ月間はずっと肌寒い気候が続いて、なかなか暖かくならない。信州の四季で一番辛いのは、真冬よりもむしろこの時期かもしれない(しかも、この時期松本平では毎日強風が吹くので、深刻な花粉症に悩まされて辛い日々を過ごすことになる。花粉症の人は3〜4月に松本・塩尻を旅行するのは避けた方が良い)。本格的に暖かくなるのは4月末から5月にかけてだ(信州の春は5月の一ヶ月間だけしかない)。東京に居ると向こうの冬も結構寒いなぁと感じるが、信州の冬はその比ではない。こちらの冬は骨身に染みる寒さとでも表現すれば判ってもらえるだろうか。とは言っても、私の身体はもうこちらの冬に順応しているようで、気温は東京よりも確実に5〜8度は低いのに、耐えられないほど寒いという感じはない。昼間は協業会社のオフィスで仕事をしていて、ほとんど外に出ないからということもあるだろうが・・・。

話を戻して雪についてだけど、信州ではこの程度の雪はぜんぜん珍しいことではないが、東京でこれだけの積雪があると、電車や道路などの交通網は麻痺状態に陥ってしまうだろう。今年の01/14(成人の日)がまさにそうだった。東京ではこの10年間ほとんど雪が降っていない。たとえ降ったとしても、5cm程度の積雪がシーズン中に2〜3回ある程度だ。住民の意識もそうだけど、東京の交通機関は雪に対する備えをほとんど持っていない。それにしても、なぜ東京はあんなに雪が降らなくなってしまったんだろう。地球温暖化の影響か、それともヒートアイランド現象が原因なのか。私は後者が主たる原因ではないかと思っている。大都会のエネルギー消費量は本当に半端ないからなぁ。ここ2年間ずっと東京で仕事をしていたが、東京は年間を通して周りの地域より常に2〜3度気温が高いのではと感じながら滞在していた。真冬でも、駅の階段を駆け上ったりすると、すぐに汗をかいたりしたものだ(別段私は汗かきな体質ではない)。ヒートアイランド現象の影響なのか、東京では春と秋がすごく短くて、あっという間に終わってしまう。5月のゴールデンウィークの頃には早くも初夏の陽気になるので、春は4月初旬〜5月中旬の約1ヶ月半。夏の残暑は10月初め(体育の日あたり)まで続くので、秋は10月中旬〜11月末までのこれも約1ヶ月半しかない。極端に言うと、東京は夏と冬しかないみたいで、生活の中で四季の変化を感じることが本当に少ない。日本国内は一部の地域の除いて温帯気候に属していると言われているが、私は東京だけは局所的に亜熱帯気候(あるいは、温帯と亜熱帯の中間的な気候)ではないかという気がしている。夏(雨季)と冬(乾季)しかないのは、まさに亜熱帯気候の特徴だからだ。

信州の話題から始めたのに、結局最後は東京の話になってしまった(ずっと東京で仕事をしていたので、やっぱり都会の方が良いなぁという気持ちが蘇ってしまったのかも)。今後はこういうあまり中身のない記事も挿んでいこうと思っている。信州には私が興味を引かれるような話題は少ないので、ローカルな話題は食べ物、宿泊施設、日帰り温泉施設くらいしかないが、ブログは日記みたいなものなのでそれでも良いじゃないかと思っている。それから、今年の目標をとにかく本をたくさん読むことに決めたので、最近少しずつ読書に時間を使うようになってきた。面白かった本について紹介するのも一案かな。25〜30歳の頃は、毎日近所の図書館に篭って(当時住んでいた福生の市立図書館は蔵書が豊富だった)、その蔵書(古典文学、歴史書、宗教学、哲学、心理学、物理学、宇宙学、思想書など)を片っ端から読んだりしたものだが、ここ20年ほどこういう類の本をまったく読んでいない。読書の一番良いところは「人生観のリセット」できるという点なので(もちろん良書に限った話だが)、中年期も中場を迎えたいまやるべきことは読書なんじゃないかと思い立ったのが、今年の目標をこれにした理由。後日別の記事で紹介するつもりだけど、電子書籍リーダーを使い始めたのも読書に時間を割くようになったきっかけだったりする。とまぁ、そんな感じで、今後は仕事や研究の話題から外れた緩めな記事も少しずつ増やしていきたい。
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2013年02月08日

Mac mini(Mid 2011)をメインPCへ

仕事場所が信州に戻ったのを機会に、こちらのオフィスの机周りの気分転換を兼ねて、メインPCをMac mini(Mid 2011)へ変えた。

このMac miniは去年の10月末に入手したもので、本ブログで紹介しそびれていた。私にとって、これが3台目のMac。オークション落札で入手した中古品だけど、状態は新品レベルに近いほど良好だった。すでに持っている2台はいずれもMacBook Airなので、デスクトップ型のMacはこれが初めていうことになる。スペックは、プロセッサ Intel Core i7 2.7GHz(Sandy Bridge、デュアルコア)、メモリ 4GB、ストレージ HDD 500GB。プリインストールOSはMac OS X Lion。

丁度こいつを入手した時期にIvey Bridgeプロセッサを搭載した新型のMac mini(Late 2012)が発売されたので、いまでは一世代前になってしまったが、最新モデルと比較しても大きな性能差はなく、十二分に現役マシンとして使い物になる。入手してすぐにメモリを16GB、ストレージをSSD 512GBに換装したので、当時考えられる最高スペックのマシンに仕上がった自負している。特にストレージをSSDに交換した効果は絶大で、元々のスペックの高さと合わせて、このMac miniを使っているとストレスというものをまったく感じることがない。このモデルにはAMD Radeon HD 6630Mという独立GPUも搭載されているので、グラフィック性能もかなり優秀。HD動画の再生も余裕でこなす頼もしい奴だ。
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いままで私は家電量販店のAppleコーナーやApple Storeへ行くことはあまりなかったので(地方の家電量販店にはAppleコーナーはないし)、Mac miniの実物をちゃんと見たのは今回が初めてだ。「想像していたよりは少し大きいんだぁ」というのがその第一印象。とは言っても、大きさは普通サイズの弁当箱を一回り大きくした程度なので、机上の消費スペースは小さい。これは素晴らしい事で、デザインの良さと合わせて独特の存在感がある。MacBook Airもそうだけど、このMac miniの姿は所有する満足感をユーザーに与えてくる。それにしても、これだけコンパクトなサイズにここまで高性能なハードを詰め込めるというのは本当に凄い事だと思う。Mac miniを観ていると、Appleの製品設計と製造技術の高さは他社の追随を許さないレベルに達しているだなぁと実感する。

下がオフィス内の机でMac miniを使っいてる様子だけど、プリインストールのOS XはLionからMountain Lionにアップグレードしてある(私はMac Developer Programの登録ユーザーなので、OS Xのアップグレードは無償でやれた)。
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ちなみに、上の写真に一緒に写っているのモニタはNanao EIZO EV2334W-Tというもので、これは私のお気に入りだったりする。この23インチ液晶モニタにはVAパネルというものが使われていて、最近流行のIPSパネルみたいなギラツキ感がなく、眼が疲れにくいという特徴を持っている。実際に使っているとまさにそのとおりで、長時間使い続けても眼の疲れをほとんど感じない。すごく気に入っていたんだけど、残念ながら、この製品はすでに製造中止になっており、いまはEV2336W-FSという後継機種に変わっている。この機種も眼が疲れにくい点がセールスポイントになっているみたいだが、液晶パネルはIPSに変わっているので、この特徴はEV2334W-Tより劣るんじゃないかと想像している。IPSパネルのメリハリのある画面は動画再生とかには向いているので、近いうちにIPSパネルの液晶モニタも買いたいなぁと思っている。ただし、眼の疲れにくいという特徴を持っていることが最大の選択ポイントだ。この点だけはどうしても譲れない。

話がそれてしまったので戻そう。じつは、このMac miniはすでにバリバリに使い込んでいて、東京の仕事ではこいつをメインPCにしていた。これだけ高性能だと、Parallels DesktopやVMware Fusionの仮想マシンでも全然ストレスを感じなかった(そう言えば、これらのソフトをMacへインストールして使い始めたことも記事に書きそこなっているなぁ)。東京の仕事は組込みLinuxを搭載したエンターメイント機器の開発だったが、複数の仮想マシンに入れたUbuntuを開発プラットフォーム環境として使っていた(状況によって、「さくらのVPS」によるクラウドPCも併用していた)。

SSD内蔵のMBAを使い始めたときから感じていたことだけど、Mac miniのストレージもSSDに交換して、改めてSSDのご利益は絶大なんだいうことが判った。もうHDD搭載のPCは使えない身体になってしまった自分がいる。長年PCを使ってきたが、SSDほど技術の進歩というものを実感させられたものはないかもしれない。今後も年に1〜2台Macを買っていくつもりだけど、もう内蔵ストレージはSSD以外考えられない。HDD搭載のモデルを入手しても、きっと速攻でSSDに交換してしまうだろう。去年の09/08の記事で紹介したMacBook Air 11"(Mid 2011)と今回のMac mini(Mid 2011)にはThunderboltという高速I/Oインターフェースも搭載されており、そのデータ転送速度は何とUSB 3.0の二倍にも達する。こういう最新技術を積極的に採用する点もApple製品の特徴だったりする。iTuneとiPodの組み合わせのようなサービスとハード製品の融合で評価されることが多いAppleだけど、Macに関しては、純粋に製品のハード性能だけを比較しても他のメーカーのPCとの差別化が際立っている。Macの値段は高いと良く言われるが、それに見合った価値がちゃんとあると私は思っている。Macを使い始めるとそのことを実感できる。どこのサイトで見たのか情報ソースは忘れてしまったが、Googleの検索キーワードでデスクトップ型PC関連のトップが「Mac mini」だそうだ。Mac miniの価格はApple製品としてはかなり低めに抑えられていて、他社の同タイプのPCとの差はそれ程大きくないので、WindowsからMacに乗り換えようと考えているユーザーにはお勧めの機種だ。実際に、Mac miniを買って初めてMacユーザーになる人が多いらしい。そういう意味で、Mac miniの存在価値はすごく高いのかもしれない。

タグ:Mac mini
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2013年01月10日

DevSumi2013に参加申込みをした

なんやかんやと色々あって年が明けて日が経ってしまった。去年の大晦日の夜に風邪を引いてしまい、年明けの正月三箇日はずっと熱にうなされながら、寒々としたホテルの部屋でひたすら寝て過ごした。一応熱は治まったんだけど、咳がなかなか止まらず、その後もずっと体調が悪い日々が続いている。やっとまともに起きれるようになったのは01/06からで、その翌日の01/07には本業の仕事が始まってしまった。年始休暇中に仕事をやって少しでもスケジュールを前倒ししようと目論んでいたのに、それができなかったことが残念でならない。いまは風邪で体調が悪い中スケジュールの遅れを取り戻すための開発作業に毎日追われている有様。毎年恒例にしていた今年の展望や抱負についての記事が書けなかったことも残念でしかたがない(すでに時機を逸してしまったので、いまさら書く気にもなれないし・・・)。

風邪を引いてしまった所為もあり、(元々その予定だったが)年末年始はずっと東京に滞在していた。年末年始を東京で過ごしたのはこれで三年連続になる。いずれも東京で派遣常駐の仕事をしていたがらだが、長野に帰ってもあまりの寒さに部屋に閉じ籠もって過ごすはめになるのは必至なので、年末年始は東京に居た方がましだという結論にどうしてもなってしまう。この三年間ずっと東京で仕事をしている訳で、信州みたいな人口の少ない地方でITの仕事をするのは無理なんだという結論はとっくの昔に出ている。できるだけ早く長野から出て行きたいだけど、経済的な理由もあってなかなか踏ん切れないでいる自分が情けない。

さて、これが今年初めての記事になってしまうが、昨日Developer Summit 2013の参加申し込みをした。開催日の2/14〜15はまだ東京での仕事が続いている予定なので、今年も適当に仕事を休んでDevSumiに行こうと思っている。いまの勤務場所は池袋だが、目黒までそれ程距離もないので、そんなに大きく時間をロスすることはないだろう。DevSumiの参加申し込みと同時に、次の3つのセッションへの参加登録もやった。

 【14-A-1】Webブラウザの時代は終わるのか?〜スマホアプリとHTML5の未来〜
 【14-C-3】エフェクティブiOSプログラミング
 【15-E-7】Kinectから始まったスタートアップ

一番参加したかったセッションはどれかという、下の2つなんだけど、残念ながら、どちにもすでに満席状態で申し込みができなかった。

 【14-C-4】HTML5で高速なウェブアプリ、そして3Dゲームの開発も可能?!
 【14-E-5】現場で役立つUX 〜エンタープライズUXの現在とこれから〜

DevSumi 2013のセッション一覧を観ると、その年のITトレンドが判る気がするのは私だけだろうか。去年のDevSumi 2012のセッション一覧には「Android」というキーワードが含まれるタイトルが4つあったが、今年は3つしかない。1つ減っているだけだけど、スマホ/スマートデバイス系のセッションが去年より減っており、一部を除いてこれらのセッションの参加者数も去年ほどの伸びではない。去年のDevSumiも今回と同じ時期に申し込んだが、その時点ではAndroidやスマホ系のセッションはほとんどすでに満席か残り僅かという状態だったと記憶している。やはりAndroidブームの波は2011年から2012年にかけてが最高潮であって、いまでは完全にピーク点を過ぎているという私の観測は正しいんだと思える。DevSumiセッションの参加申し込み状況をチェックすれば、これが一目瞭然だからだ。それでは、代わりに増えたキーワードは何かというとやはり「HTML5」かなぁ。今年はHTML5ベース・アプリ開発がブレークスルーを迎える年になることはまず間違いないだろう。Firefox OSやTizenなどのHTML5ベースUIのモバイルOSの登場も間近に迫っており、HTML5/JavaScripベースの統合開発環境も次々に登場している。スマートデバイス開発に係わっているプログラマはこの一大トレンドを無視して生き残ることは難しくなっていく。「これからはHTML5の時代であり、いまどきJavaなんかやってても大した役には立たない」ということは高感度なトレンド・アンテナを備えているプログラマなら皆感じているはずだ。

ガラケーからAndroidへ流れて来てたような、サイバー○○○○○○やDe○○みたいな会社にいるようなチャラ男/チャラ子ども(別名「勘違いおバカJavaプログラマ」)にとっては、上記のようなプログラミング・トレンドはどうでも良いことなのかもしれない。彼らにとって仕事はあくまでファッションの一部であって、最新ファッションで着飾った仲間達と一緒に、いかにもいま風の小洒落たオフィスで仕事ができればそれで十分なんだろう。エンタープライズ系でもJavaは使われているし、これからも自分達の生き残れる場所がどこかにあると信じ切っており、これについて疑いなど持っていないに違いない。確かにJavaという言語が完全に使われなくなることはないだろうが、少なくともスマートデバイス開発ではAndroid以外でJavaを使う場面はほぼないし、AndroidでもJavaを使わないアプリ開発がこれから主流になっていくのは避けられない流れだ。いまはとにかく早くスマートデバイス・アプリを開発してリリースすることを目標に据えている企業が多いので、大してスキルの高くないJavaプログラマでも積極的に採用しているが、HTML5ベースの新技術が開発現場で使われていくことにより、この流れはこれから大きく変わっていくだろう。Javaという言語は生産性が高いがゆえに、現場のプログラマをどんどん入れ替えても全体の生産性は大きく低下しないという性質も持っている。こういう企業では、リーダークラスのプログラマに肩を叩かれながら「君明日から来なくて良いから」と声をかけられているプログラマを見かけるのが日常の光景と化しているんじゃないかと想像してしまうが、この想像はきっとそれ程大きく外れていないだろう。

話をDevSumiに戻すが、それにしてもDevSumiのセッション内容はここ数年で随分様変わりしたなぁ。5年位前のDevSumiは「Java, SQL, エンタープライズ」というキーワードがついたセッションが多くて企業所属のSIerやデベロッパーによるセッションが多かったと記憶しているが、今年のDevSumiのセッション一覧を観るとこういうセッションは1つもない。まぁ、エンタープライズ系のセッションはもろに同種の仕事でもしていないかぎり、スピーカーの話を聞いても面白味を感じないだろうから、こいうセッションがなくなってしまったのは当然の流れかもしれない。去年もDevSumi参加して感じたことだが、オープンソース系コミュニティーに所属し、こちらをメインの活動の場にしている者やフリーランスのプログラマもいたりとスピーカーはバラエティに富んでいる。都会限定でしか成り立たないビジネススタイルかもしれないが、「企業に所属しないプログラマ」という生き方が存在していることを強く感じてしまう。私も個人事業者であり、企業には所属していないが、いまは派遣技術者として仕事をしているので、結局は企業の仕事を社員と同列(または、社員より下)の立場で手伝っているだけだ。彼らような生き方が成り立ついまという時代を羨ましく感じてしまうのは、やはり年寄り臭い意見だと言われてしまいそうだ。彼らにとってはそれが自然な生き方なんだろうなぁ。

私のような元組込みプログラマは一番少ない人種で場違いの感はどうしてもぬぐえないが、刺激を受けて前向きな気持ちになれれば、それで十分な成果だと思っている。DevSumiに行って、いまのITトレンドに乗り遅れている自分を再確認してこよう。

【2013/01/20 追記】

去年に続いて今年のDevSumiにも行く予定だけど、今日(01/20)以下のセッションに追加の参加申し込みをした。

 【14-A-4】グリーにおけるスマホアプリ開発〜ネイティブ編(仮)
 【14-A-6】ニコニコ静画(電子書籍)の作り方 〜みんながニコニコしてくれる読書体験を届けるために〜
 【15-C-2】グリーにおけるスマホアプリ開発〜HTML5編(仮)
 【15-A-3】モバイル HTML5 による世界への挑戦

上の記事で、今年のDevSumiのセッションのタイトルに「Android」という単語が含まれているものは3つだと書いたが、今日改めて確認したら、以下の5つになっていた(去年より1つ増えている)。

 【14-C-1】Androidセキュアコーディング
 【14-A-5】RubyでiOS/Androidアプリを作るMobiRuby
 【15-B-2】iOS/Android向け開発をビジュアルに!C++Builder/Delphiでネイティブモバイル開発
 【15-C-1】iPhone & Android 課金プログラミング(仮)
 【15-E-4】Androidアプリケーション開発者必見、 今求められている暗号化、難読化、セキュリティテクノロジ

しかし、そのうち3つは「iOS」や「iPhone」という単語とセットになっている。また、この記事を書いている時点で、これらのセッションで「満席」状態なのは【15-E-4】だけで、【14-C-1】と【15-B-2】はまだ空席が多く「残り僅か」という状態になっていない。やはり今年のDevSumiでは、「Android」関連のセッションは人気薄という傾向がはっきり出ているように思える。去年と比較すると、やはりAndroidに対するプログラマの興味と熱は大分冷めてきているだなぁという気がする。
タグ:Develper Summit
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2012年10月06日

Steve Jobs一周忌にあたって

今日はMacの電源を入れてSafariを起動したら、いきなりSteve Jobsの追悼映像の再生が始まった。そうかぁ、Steve Jobsが亡くなって一年が経ってしまったんだ。これは一周忌の追悼ビデオなのかぁ。

Remembering_Steve_Jobs-Video-ScrnShot16-640x360.png
Remembering_Steve_Jobs-Video-ScrnShot20-640x360.png
Remembering_Steve_Jobs-Video-ScrnShot23-640x360.png
"Remembering Steve"という一言と伴にビデオの再生が終わると、現Apple CEOのTim Coock氏のメッセージがWebページに表示された。
Message_From_Tim_Coock-20121005-ScrnShot24-982x548
このメッセージの中で次の一文がもっとも印象的だった。

 One of the greatest gifts Steve gave to the world is Apple.

まさに、そのとおりだと私も思う。Steve JobsとAppleが存在しなければ、IT業界はいまよりずっとつまらない世界になっていたはずだ。Apple社の製品について色々な意見、評価、感想が存在することはもちろん知っている。批判的な意見には賛成できるものもあるし、賛成できかねるものもある。しかし、上のTim Coockのメッセージに込められた想いを否定することだけは許せない。そう、私にとっても、これだけはどうしても譲れない強い想いなのだ。Steve JobsとAppleが創りだした製品達が存在しなければ、とっくの昔に私はIT業界から去っていたかもしれない。

現実に流されることは悪い事だとは思わないし、ときには理想を見失うこともあるだろう。世界中の人々にはそれぞれの人生があり、誰もがSteve Jobsのようなになれるわけでもない。しかし、映画、アニメ、小説など創造性の高い作品に人が感動を覚えるとき、それらの作品に込められた制作者や創作者の強い想いがその源泉なんだと私は信じている。人間による直接的な創作物ではないが、工業製品であっても根本的な部分は変わらないと思っている。Apple社の製品が多くの人々に愛されているのはこの理由によるのだろう。

仕事で多忙な日々が続いて、今日(アメリカ現地時間の10/05)がSteve Jobsの一周忌であることをすっかり忘れてしまっていた。そんな自分が情けない。彼のことを思い出しながら、気持ちを新たにMy Wayを進んでいこう。

posted by とみやん at 11:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年08月11日

MacがあればWindowsは要らない

本格的にMacBook Airを使い始めてから一ヶ月経った。自分ではまだそれ程使い込んでいるとは思わないが、できるだけWindowsを使わずにMacで日常の作業をしているうちに大分慣れて、いまでは私のメインPCはMacに変わりつつある。まだWindows PCを常時起動状態にしているが、こちらにはまったく触らず一日が終わることも多くなってきた。PCに関するいまの私の気持ちを表現するなら、次の一言に尽きる。

 もうMac以外のPCは使いたくない

特にWindowsを使うのが嫌で嫌でたまらない。よくこんな欠陥だらけのOSをいままで我慢して使い続けたもんだ。操作感、安定性、美麗さ、どれを比較してもMacの方が数段優れている。Macを使えば使うほど、Windowsを使うことは時間の浪費だと思えてくる。なぜもっと早くMacに変えてしまわなかったのか、私はいま猛烈に反省している。元々クリエーター志向が強い私のことだから、もっと早くMacを入手していれば、きっとその芸術的な使い易さに魅了されただろう。そして、Macを使う仕事をしたいと強く望んだはずだ。

ドキュメント作成みたいな日常的な業務なら、またっく問題なくMacでこなせる。一般的な種類のソフトならWindowsと同等のものがMacにも存在するので、Windowsでないとダメだということはほとんどない。セルフマネージメント関係は、いまやGoogleなどのクラウドサービスを利用する方法が主流なので、すっぱりと割り切って、全部のデータをクラウド化してしまえば、OSの依存性はなくなる。唯一問題なるのはビジネス書類のデファクト・スタンダードであるMicrosoft Officeで作成されたドキュメントへの対応をどうするかだけだ。この問題の解決手段は次のどれかしかない。

 (A) Mac版MS Officeを購入する
 (B) Macに仮想マシンソフトを入れてWindows版MS Officeを使う
 (C) MS Office互換のフリーソフトを使う

私なら(B)か(C)を選択する。Mac版MS Officeの価格が高すぎるので、Windows版と合わせて二重に投資したくないからだ。後日別の記事で紹介するつもりだが、フリーのオフィススイートでもMS Officeと互換性の高いものが存在するので、これを使えば十分。

グーグル先生に聞きながらプログラム開発についても調べているが、これもほとんどMacでこなせることが判ってきた。EclipseもMacに対応しているし、他のメジャーな開発ツールも大抵はMac版が存在する。こちらでもMicrosoft純正のVisual Studioが使えないことが問題になるかもしれないが、上記の(B)の方法で対応可能だし、組込み系開発ではよく使われるCygwinも同じ方法で解決できる。

結局どうしてもWindowsでないと使えないのは、CADや3D CG作成ソフトのような高いCPUパワーを要求するもの、FPGA設計や計測ツールのようなWindows版しか存在しないもの、ハードや周辺機器と連携して動作するものくらいに限定される。一般のユーザーやプログラマはこれらのソフトを使うことはないだろうが、私の場合、どうしても使わざるをえないことがあるので、これらのソフト専用の高性能なデスクトップPCを一台用意しようと思っている。高性能なWindowsノートは高価すぎるので、デスクトップ機で構成する方が経済的だからだ。

シリコバレーの最新事情を紹介するニュースやブログ記事などにアメリカの新興ベンチャー企業の社内風景写真が載っていることがあるが、そういう写真にはMacがずらりと並んでいる様子が写っていることが多い。シリコバレーで働くプログラマやデザイナーの多くはプライベートでMacを使っており、仕事でもMacを使うことを好むからだ。クラウドサービス、ソーシャルサービス、ゲーム系ベンチャー企業ではもはやWindowsよりMacの方がメジャーな存在になっている。このトレンドは日本のベンチャー企業にも飛び火していて、社内のPCを全面的にMacに換えてしまった会社も出てきている。別のブログの記事に書いたが、Macを使うプログラマやデザイナーは日本でも急増している。いまではIT分野でもWebコンテンツ、ソーシャル、ゲーム系のMac率は相当高い。また、IT開発ポータルサイトの連載などでスーパーブログラマの紹介記事が掲載されていることがあるが、こういう記事の写真にMacを使っているプログラマの姿が写っていることも多い。07/30付のApple社の発表によると、07/25にリリースされたばかりのOS X 10.8 Mountain Lionは4日間でダウロード数が300万を超えたそうだ。日本ではまだマイナーな存在だと思われているが、世界ではすでにMacはメジャーな存在であり、そして、日本でもここ数年で急速にメジャーな存在になりつつある。

最近私が好んで使う表現に「伽藍とバザール」というのがあるが、私にとってWindowsとMacに対するイメージは次のような連想関係で固まりつつある。

 Windows=大企業が使うOS=多くの制約に縛られた牢獄のような空間=伽藍空間
 Mac=個人/ベンチャー企業が使うOS=創造性を発揮できる自由な空間=バザール空間

Microsoftの製品には「Enterprise」という単語が含まれるものが多いが、Appleにはそういう製品はほとんどない。また、OS単体の販売価格をみても、Windowsの1万円以上に対してMac OS Xは2千円前後。Microsoftのお得意先は企業であり、完全に企業ユーザ(それも大手企業)を向いて商売をしているのに対して、Appleは常に個人ユーザを向いている。Windowsを使い続けることは、自ら伽藍空間に留まることを肯定しているようなもんだ(伽藍空間から脱出しようしない多くの日本人とってお似合いのOSと言えるかも)。

OSの安定性と安全性という面でも、WindowsよりMacの方が格段に優れている。Mac OS XのカーネルはDrawinという名前だが、これはMarch 3.0 + FreeBSDベースのUNIX互換カーネルだ。UNIXは40年以上の長きに渡って使われ続けてきたカーネルの王様的存在であり、その中身の大部分はすでに枯れている。これに対して、NTカーネルの内部はいまだに大きな変更を繰り返していて、とても枯れているとは言えない。世の中に存在するウィルスの大多数がWindowsをターゲットにしているのに対して、MacやLinuxをターゲットにしているものは極端に少ない。Windows用のセキリティ・アップデートは週単位(場合によって、日単位)でリリースされているが、Macは数ヶ月に一回程度しかリリースされない。ウィルスの絶対数が少ないことも影響しているのだろうが、OSの堅牢性でWindowsは何か致命的な欠陥を内包しているとしか考えられない。Windowsをずっと使ってきたユーザーなら、不安定なシステムの動作に悩まされたことが一度や二度はあるはずだ。その解決のために、半日〜一日下手をすると数日間の時間を費やしたこともあるだろう。そして、とうとう問題の解決ができずに泣く泣くOSの再インストールをやるはめになった経験を持っている人が多いと思う。そう言う私も長年Windowsを使ってきたので、こういう経験を嫌というほどしている。NTカーネルはアプリケーションからOSの最下層までの間が複雑怪奇な構造になっていることが、こういう問題の根本的な原因だと私は思っている。ウィルスに狙われるのも同じ原因による。UNIX互換カーネルがベースのMac OS Xなら、こういう経験をほとんどしなくて済むはずだ。まだ使い始めて一ヵ月だけど、Macの安定性はWindowsより圧倒的に高いという印象を持ちつつある。

Macに慣れるにしたがって、私にはもうWindowsは必要ないような気がしてきた。Macさえあれば大抵の業務はこなせるので、仕事上必要な2〜3台を残して、いま所有しているWindows PCを処分してしまおうと思っている。いままで年に2〜3台のペースでPCを買い換えてきたが、これからはWindows PCは2年に1台位の買い換えで十分だ。それも最新機種でなく一〜二世代前の中古機種しか買う気になれない。Windowsに高額な投資をするのは愚か者の選択だと思えるからだ。私がいま使っているMacBook Airは二世代前の機種だけど、やはりMacBook Air、MacBook Pro、Mac miniのどれかの最新機種が欲しくてたまらなくなってきた。日に日にこの気持ちが強くなっているが、経済的な事情もあるので何とか我慢しないとマズイよなぁ。金額的に最新機種が無理なら、せめて一世代前のモデルが買えないかと思案中。一世代前の機種なら中古や新古品でそこそこ安価に買えそうなので、中古販売店のサイトやオークションで粘り強く探してみようと思っている。

【追記−2012/08/12】

これからベンチャー企業に転職しようとしているエンジニアにとって、その会社が伽藍空間なのか、それともバザール空間なのか簡単に見極める方法がある。それは、「御社ではMacを使っていますか。また、社内でMacを使わせてもらえますか」と質問してみることだ。積極的にMacを導入している会社はまず間違いなくバザール空間だし、逆にWindowsしか使っていない会社は伽藍空間である可能性が極めて高い。後者の会社で創造的な仕事できることはまず望めないだろう。これと同じ質問を大手企業にすることは無駄だ。なぜなら、大手企業では社内のPCを徹底的に管理しているので、ほぼ例外なくWindowsしか使っていないからだ。バザール空間で使われて初めてMacはその本領を発揮できるPCなので、伽藍空間的な会社は絶対に受け入れようとしないだろう。逆に言えば、Macを導入しているかどうかが、その会社がバザール空間であるかどうかのバロメーターになる。
posted by とみやん at 00:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月24日

PC配置変更−Macをメインマシンへ

いよいよiOSアプリ開発を本格的に始めることになるので、これを機会に、机の上のPCレイアウトを変更することにした。いままでWindowsノートを右側にMacBook Airを左側に置いていたが、これを逆の配置にした。下がいまの出向勤務先オフィスの新しいPCレイアウト。
IMG_2300-PC_Layout_on_MyOfficeDesk-Photo01-20120725.jpg
左側から、Lenovo ThinkPad X60(左手前、Windows XPノート)、Toshiba Portege R835-P56X(左奥の閉じているPC、Windows 7ノート)、DELL 2407WFP(中央、24インチ液晶モニタ)、MacBook Air 13-inch(Late 2010)、CUBE U30GT(Android 4.0搭載10.1インチ中華Pad)。中央手前に置いているのは、 左側がWindows用キーボード(Microsoft Arc Keyboard US配列)で、右側がMac用キーボード(Apple Wireless Keyboard US配列)、そしてWindowsとMac用マウス。キーボードとマウスはすべて2.4GHz無線とBluetooth接続なのでケーブルが一切ない。これによって、机の上がすっきりしている点が気に入っている。このマシン構成に行き着くまでに結構試行錯誤があった。特に、キーボードとマウスは色々な物を試した。ちなみに、私のPCはノートもデスクトップもすべて英語US配列のキーボードを使っている(これは絶対に譲れないこだわり)。一応いまのマシン構成で落ちついているが、じつは、まだ一つだけ懸案事項が残っている。それは、MacとWindowsのキーボードとマウスを共通化して一つにまとめられないかという事。この目的を満たす製品がないか調べている。Macを使っている人が増えたので、どうやらこういう製品も存在しているらしいことは判っているが、どの製品がベストなのか迷っている。いずれかの製品を入手したら記事で紹介したい。

Macをメインマシンとして使っていくためにPCレイアウトを変更した訳ど、いままでWindowsマシンをメインに使ってきたので、まだどうしてもそちらの方で作業をやってしまう。私の利き腕は右手なので、左側に置いたWindowsマシンを操作するとすごく使い難く感じる。それでも、あえてこのPCレイアウトを続けるつもりだ。「Macを使え」というプレッシャーを自分自身にかけるためだ。プログラミングや開発作業だけでなく、ドキュメント作成みたいな作業もすべてMacでやれるようになることが最終目標。

また、今後新しいPCを買う場合、Macを優先してWindowsマシンは後回しにすることも決めた。いつかIntel Ivy Bridge Core iプロセッサを搭載した最新型のMacBook Proを買おうと思っているが、これにPallarels Desktop for MacかVMware Fusionを入れれば、ほとんどのWindowsアプリをそこそこ満足できる性能で使えるはずだ。仕事上どうしてもWindowsマシンが必要になることはあるだろうが、目的の作業が手持ちのマシンでこなせるなら、最新型のWindowsマシンはもう買わないようにしよう。MBAによってMacの魅力を知ってから、Windowsマシンへの興味が大分薄れてきた。いま流行のUltrabookもまだ一台も持っていない。Ultrabookにまったく興味がない訳ではないが、たとえ買うとしても一世代以上前の中古機種で十分だ。将来3D CGアプリとかFPGA設計ツールみたいなハイパワーを要求するWindowsソフトを使うときがあると思うが、その場合は、専用のデスクトップマシンを一台組む方がベターだろう。独立GPUを搭載した高性能なWindowsノートは値段が高いからだ。

WindowsとMac OS Xを比較すると、後者の方がずっと洗練されている。例えば、アプリ別のメニュー項目をメニューバー上に統一している点、ウィンドウ内のオブジェクトの配置が左上にまとまっている点、微細かつ美麗なグラフィクス描画、細部まで描き込まれたアイコン、奇麗な書体のフォント、UIアクションに対するアニメーションなどMac OS Xの方が細かな所にこだわりを感じるからだ。クリエーターが好んでMacを使うのがすごく納得できる。文章で表現するのが難しいだけど、UI全体に違和感がほとんどなくて使っていて気持ちが良い。あくまで予想だけど、AndroidとiOS(iPhoneやiPad)を比較すると、多分同じ印象を持つんじゃないかという気がする。

PCレイアウトの変更は気分転換にもなったので、やって良かったと思っている。少しずつ入れるソフトを増やしていけば、きっと馴染んでMacが私のメインマシンになっていくだろう。

posted by とみやん at 17:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2012年07月07日

ブログサイト開設にあたって

新規のIT分野を開拓するための本格的な挑戦を始めるにあたって、新しいブログサイトを立ち上げることにした。これは私にとって「組込み」という旧大陸からの船出であり、未知の新大陸を発見するための大航海の始まりとなるだろう。今日は七夕だし、この挑戦が成功することを祈りながら、新分野という海原へ出航するにはふさわしい日だ。

いままで20年以上の長きに渡って組込みソフト開発の仕事をしてきたが、すでに組込み分野は行き詰まっていると感じている。特にスマートフォンやタブレットのような新しいプラットフォームが出現し、これらのデバイスの主機能がクラウドサービスを使うことを目的としていることが大きく影響している。スマートデバイスは既存のデジタル機器やPCに取って代わるプラットフォームになっていくのは確実だと思う。すべての機器が置き換えられるとは思えないが、テレビやカーナビなどのディスプレイを持つデジタル機器がスマートデバイス化していくことはすでに予想されている。

リアルタイムOSがどうとか、ミドルウェアがどうとかいった古臭いハードウェア寄りの下側からのアプローチでは、スマートデバイスに適合した多くの人に満足感を与えるようなソフトウェアは開発できなくなってきている。スマートデバイス用ソフトを開発するには、AppleやGoogleなどが提供しているサービスに使われている技術や、ユーザーがこれらのサービスをどういう形で利用しているのかなどを深く理解する必要がある。そのためには、開発技術だけでなくマーケティング的な分析さえ必要になっていくだろう。よりユーザー寄り、あるいは、アプリケーションやインターネット側から視た開発手法でアプローチすることが相応しい気がしている。具体的にどういう開発手法になるのかまだイメージは掴めていないが、少なくとも組込み側からのアプローチでは新世代のスマートデバイス用ソフトは実現できないはずだという確信を持っている。iPhone/iPadやAndroid搭載スマホなどに搭載されているAppleやGoogleの純正アプリが組込み側からの発案や発想で開発されたものだとはとても思えいないことが、この確信の理由でもある。日本メーカー製のスマートデバイスがアメリカ・韓国・台湾メーカーから大きく差をつけられしまっているのは、この点に大きな原因がある気がしてならない。

取りあえず、最初に挑戦するターゲットとして、スマートデバイス用アプリケーション開発から始めようと思っている。アプリ開発ができることは必須の基本スキルだからだ。具体的に何をやるかは次の記事で書くことにしよう。

なお、本サイトは半年位の期間限定の存在になる予定だ。と言うのは、新事業を立ち上げる際は会社名(または屋号)を変更し、同時に独自ドメイン名を含む新しいURLのサイトを開設して、そちらに新事業の情報を掲載するつもりだからだ。独自ドメインはすでに取得済みで、さくらのVPSを使ったサーバー設置の準備を進めている。新事業用サイトを開設したら、それとリンクした新規のブログサイトも一緒に作ろうと思っている。将来的に、この新規ブログサイトができたら、本サイトの記事はすべてそちらへ移動するつもりでいる。
posted by とみやん at 21:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記